きみよりほかにはしるものなき 花かげにゆきてこひを泣きぬ

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恋の道行*****
娘さんが生まれて数日後の土方家。





 娘が生まれて七日経ち、ようやくお七夜が来た事で、土方家は気心の知れた仲間内でしか伝えていなかった娘の誕生を公表した。というのも、生まれて間もなく亡くなる子どもが多く、七日過ぎてようやく一区切りとなるからである。
このお七夜に合わせて、産後の肥立ちの順調だった千鶴も床上げし、夫に贈られた一張羅を引っぱり出し、娘にも近藤と井上から贈られた着物を掛けてお宮参りへと向かうこととなる。とは言え、両親ともに京の人間ではない為、決まった神社がある訳でもなく。結局は近場でとりあえず、というなんとも決まらないお宮参りとなってしまった。
 しかしその後の赤子をよそに行われる祝いの酒宴は、ここぞとばかりに試衛館派の幹部が組下の伍長や他の幹部達に仕事を代わってもらうよう頼み込んで、もぎ取った休みで参加している。
壁には土方が近藤に頼んで書いてもらった命名の紙が貼られ、そこには先だっての言葉通り【蘭】の一字が近藤の大らかで、しかし丁寧な手蹟によって書かれている。

「お蘭ちゃんは本当に可愛いなぁ。トシにもよく似ている」
「よく似てるって言うか、見た目は土方さんの要素しか見つからないんですけど…。これで気性まで土方さんに似ちゃうと、せっかくの器量よしも嫁き遅れになっちゃいますね」
「嫁だァ?蘭は嫁になんざ出さねぇぞ」

 『姉のように良縁を…』と願って名前を付けたのに、生まれてから七日の間に父親はすっかり娘を溺愛し、その気をなくしたようである。そのことに苦笑しながら、千鶴は次々祝いの言葉を述べてくる客人に、お礼を言ってはお酌をしたりなんなりと、手際良く捌いていっている。

「千鶴ちゃんは、本当に出来た嫁さんだなぁ」
「だな。屯所に来た頃はまだまだ子どもだったのにな」
「しかし雪村君は、元々気のきく娘さんだったからね。家に入ってもその才は役に立つよ」

 千鶴を妹のように可愛がってきた幹部には感慨深く、娘のように可愛がってきた井上には自慢であるらしい。確かに千鶴が育った江戸や、井上や土方が育ったような農村などには、夜這といった風習が昔からあるものだが、千鶴はそう言った事もなく、あの男所帯に居てなお身持ちも固く、こうまで見事に誰が見ても夫の胤とわかる子を産んだ。しかも本人も気立てもよく、慎ましやかで夫をよく立て、勤めにも理解があるとあっては、身内にとっては自慢の嫁御寮であろう。

「いやぁ、千鶴さんがトシさんと所帯を持ってくれて本当に良かった」

 井上のしみじみとした言葉に、感慨深く千鶴を眺めていた原田と永倉も、可愛い妹分を掻っ攫った男が土方でよかったのかもしれないと思い始めた。いや、千鶴が土方を選んでくれてよかった、と言うべきか。
 京に来てから四六時中、眉間に皺を寄せたような、険しい顔をしていた土方が、千鶴と所帯を構えてからと言うものの、この休息所限定ではあるが、昔の様な穏やかな顔をするようになった。特に娘の前では。まさに『休息所』の名に相応しい、女主人の戦功である。

「千鶴ちゃんはすげぇ子だったなぁ」
「すげぇ女になったんだよ」

 父親の腕の中にいた娘が泣き出す。周りの男達は「乳か?褓か?」と焦り出すが、甥姪などの面倒を見ていた父親にはお手のもの。

「千鶴、褓だ」
「はい」

 なんでもないように告げれば、妻が娘を受け取ってそそくさと次の間へと下がっていく。客がいなければそのまま土方が替えることもあるが、さすがに人目のあるところではそうはいかないし、何より千鶴がさせなかった。

「いやぁ、近藤から千鶴君を土方の嫁にと言われた時にはどうなるかと思ったが、上手くまとまったなァ」

 千鶴の父が行方不明なため、一応の保護者は父から「何かあった時は頼るように」と言われてあった松本良順となっている。この日も母方の身内として、忙しい中お七夜に来てくれている。今でこそ朗らかに言ってくれているが、実際には早々に手をつけていたのもあって、婿の土方ははっきり言って立場なしであった。松本としても、行方知れずの旧知の愛娘、いくら既に手をつけられているからと、簡単に「はいどうぞ」と嫁にやるわけにもいかない。そこで松本と懇意で、己の上役の近藤に願い出ていただいて、という顛末があってようやく手にした恋女房である。それも女修業を散々積んできた男が選らんだ、極上の女である。上手くいかないはずがない。
 そんな女房の親代わりの松本に、婿らしく酌をしてなんとか関係を取り成そうと、土方も苦心している。

 松本とて、元々土方の力量は認めている。しかし仕事の力量と、夫としての力量はまた別物で、仕事ができるからと言って良き夫となれるとは限らない。ましてやこの色男である、妻女が苦労するのは目に見えている。
しかし友の娘ももう、同年のおなごは大多数が嫁にいっている歳になっていては、あれこれと言うのも野暮というもので。娘本人が望んでいるのもあって、「わかった。綱道さんが見つかった時には、俺が責任持って説得しよう」という男らしい言葉と共に、二人の婚姻を認めてくれたのであった。

「その節は、松本法眼にはご迷惑を…」
「まったくだ。千鶴君の為にも綱道さんは見つかってほしいが、俺の命があぶねぇかもしれねぇ。そん時ァ、よろしく頼むぜ婿殿」
「はっ…」

 その時が来てほしいような、来てほしくないような。しかし綱道を見つけることは、新選組としても大事なことであるし、妻にとっては命の危険を冒してまで京に来るほどの悲願である。多少の自分と松本の命の危険性など、目を瞑るしかないと土方は思った。

「おまちどおさまでした」

娘を着換えさせた千鶴が戻ってくる。さっきまでぐずっていた娘も、いまは心地よさそうに眠っている。

「じゃあ次は僕が抱っこー」
「総司は一緒に住んでんだから、いつでもできるだろ!なあ千鶴、俺に抱っこさせてくれよ」
「はいはい。順番にお願いしますね」

 にこやかに、千鶴が新選組の幹部を宥めて娘を順番に抱っこさせていく。新選組の幹部連中は、どうにも家族と縁が薄い連中が多い。近藤も土方も沖田も、子どもの頃に片親、もしくは両親ともに亡くし、近藤は養子に、沖田は内弟子として家から出され、土方も失敗したものの、奉公へ出された事がある。原田や永倉のように脱藩した者もあれば、斎藤のように理由あって出奔した者。藤堂のように元より父親が傍にいなかった者もいる。そんな仲間内で、所帯を持って子が生まれることがどれほど喜ばしいことか。それも京のような、縁も所縁もない地で。
 皆が我がことのように自分と千鶴の娘の誕生を喜んでくれている。そのことが顔には出さなくとも、土方には有難いと素直に思えた。


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