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きみよりほかにはしるものなき 花かげにゆきてこひを泣きぬ

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恋の道行
時代小説を読んで千鶴に「お前様」と呼ばせたい、と思って書き始めたお話です。
それが今度は何故か書いてるうちにだんだん「屯所にいた頃に両想いになってたらどうなったんだろう」になって、こうなりましたすみません。

先に謝っておきます。
誠に申し訳ない。


でも書いちゃったからあげます←



江戸を出た時は、まさか結うことになるとは思いもしなかった先笄を結って、楚々とした女物の着物を身に纏う。
事の始まりは、数日前の局長室からであった。


その日千鶴は近藤に頼まれ、茶を二つ、局長室へ持って行くと土方も同席していた。
眉間の皺がいつもに増して深くなっているが、傍へ茶を置くと「おう」と小さく声をかけられた。

お茶を置いて部屋を辞そうかとしたが「雪村君にも話があるんだ」と言われ、お盆を置いて居住まいを正す。



「実は、トシと所帯を持ってもらいたい」
「は?」


あまりの事に、言葉が出ない。
そんな千鶴を見て取った土方が、横から口を開く。

「あくまで、夫婦のフリだ、フリ」
「あの、どうしてそんなことを、とお聞きしても…?」
「まぁそうだな。伏見の方がちょいとキナくせぇってんでよ、調べに行きてぇんだがまぁ女づれの方が怪しまれねぇからな」
「はぁ、そうですね」



そうだろう、とは思う。
しかし、そんな偵察の様な役を副長自らやる必要があるのかが、千鶴には分らなかった。

「いつもはそういうお仕事は山崎さん達、監察の方の仕事ですよね?」
「それがもう仕事中でな~」

端的に言えば人手不足なのか。
となれば、千鶴に否やはない。
が、自分と土方が並んで夫婦と言うのは、少し無理がある気がしなくもなかった。
少し思案するような表情をすれば、土方がそれに気付き面白くないように口を開く。

「なんだ、俺が亭主じゃ役不足だってのか?」
「いえ!そんなことはありませんっ!」

否定をすれば、珍しく優しい目で見つめられ、とくりと胸が高鳴ったのを感じたが、すぐに任務の詳細を伝えられ現実に引き戻される。
そして翌日、早々に土方に連れられて近藤の妾宅へと連れて行かれ、あれよあれよという内に髪を結われ、用意されていた着物へと袖を通し、別室で近藤と最終の打ち合わせをしていた土方の前へと現れた千鶴は、いつぞやの芸者とはまた違った清楚な若妻姿であった。

「……どうだ、トシ。いっそのこと本当に所帯を持っては」
「近藤さん!こいつァ、この仕事が終わったらまたあの形に戻るんだよ」

近藤の言葉に、いくらか頬を染めて俯く千鶴の姿は土方の目にも好ましく映ったが、それを甘受している場合ではない。
そしてその土方の言葉にまた、千鶴の胸がきゅうっと締め付けられるような痛みを覚えたが、多くを望める立場ではないことは千鶴自身がよく分っている事でもあった。


その後、いくつか確認をして、いよいよ土方と二人連れだって伏見へと向かうこととなった。

「トシ、頼んだぞ」
「ああ」
「雪村君は、無茶をせんようにな」
「はい」
「じゃあ行くぞ」
「行ってまいります」
「気をつけてな」

藍下黒に縞の着流しを尻はしょりして着て、腰に道中脇差を差した土方と並んで近藤へ出立の挨拶をして伏見へと向かう。
いつもの袴をはいた姿とは違う、町人の様なその姿にどうにも違和感が拭えない。
一方千鶴も妻らしく三歩後ろを、と思っていたのだが、なにもそこまで意識しなくとも自然と女物の着物では普段通りに歩を進めることも出来ず、土方との距離が開きつつあった。

「千鶴」
「は、はい!」

いつもとは違う、名前で呼ばれて小走りで土方の元へ寄れば、ため息交じりで迎えられた。

「遅れそうなら、俺に声かけろ」
「すみません」
「それとな、そんな他人行儀な夫婦もおかしいだろ」
「あ、そうですね」
「もうちっと肩の力抜いてかまわねぇよ」

伏見へ着く前にいくつか注意と、夫婦らしくするための取り決めをする。

「とりあえず、俺をいつもみたいに呼ぶなよ」
「どう、お呼びすればいいんでしょう?」
「そうだな…」
「普通にお呼びすれば、旦那様とかお前様、でしょうか?」

伺う様にそう言った時、ほんの一瞬、ふっと土方の口角が上がったのが千鶴の目にはいった。
あれ?と思う千鶴に、いつもの表情に戻った土方が告げる。

「悪くねぇ」
「そう…ですか?」

気のせいかな?と思いながらも「ではそうしますね」と答えれば、また土方の目元が甘くなった気がした。







宿に着き、荷をおろしてひと休みする。
土方はなんでもない顔をしているが、ここ数年たまに巡察に連れていってもらえる程度の遠出しか許されない千鶴には、洛中のすぐ外の伏見までの距離とはいえ十分疲れる道程であった。

「その辺、見に行こうかと思ったんだが、お前は休んどくか?」
「いえ、少し休めば大丈夫です」
「そうか?」

なんのことない、業務上の体調確認だというのに、二人の身なりのせいか、顔をだした宿の女将に「仲の宜しいこと」と微笑みながら言われてしまっては何とも気まずい。
休むのもそこそこに、二人して宿を出てしまった。

「お前、休まなくていいのか」
「お前様なら、あの女将さん相手にあの場に残れますか?」
「…いや、勘弁してくれ」

心底げんなりした顔の土方に千鶴はおかしくなってしまったが、ここで笑ってはこの男の機嫌を損ねてしまうこともこの数年の付き合いでわかっている事。
笑いをかみ殺し、土方と連れ立って歩けば聞き覚えはあるのに、いつもとは違う訛りのある声で「そこのご新造さん」と声をかけられた。
一瞬考え、自分のことかとはたと気付いた千鶴が声のした方を見れば、男が一人、頬かむりをして簪などの細工物を売っている。

その頭の手拭の陰からのぞく顔は、思ったとおりの声の主、山崎であった。
女好きのする品を並べて、千鶴を釣って土方と接触しようという腹積もりなのだろう。
そうと理解した千鶴が山崎の広げる露店の前へと歩み寄り、簪を吟味する振りをすれば、土方も傍へ来て冷やかす振りをした。

(どうだ)
(案の定、芋に少し怪しい動きが…)
(そうか)

小声で話す男達の隣で、いつしか真剣に細工を見ていた千鶴へ、話を終えたらしい山崎が声をかける。

「ご新造さん、気に入ったんやったら旦さんに買うてもうて」
「…え?いえいえ、綺麗な細工だと眺めていただけですから」
「そうだな、お前にゃもうちっとガキっぽいのが似合うんじゃねえか?」

土方の言葉につきんと胸が痛んだ。
この男にとって、自分はまだまだ子供なのだと示されたようなものだった。
そう思えば半ば自棄になって、すっと立ち上がれば腰を落としたままの男達が千鶴を見上げる。
その二人ににっこりと極上の笑顔で微笑みかけ告げる。

「わたくしには過ぎた品のようですので、結構です」

そう一言、吐き捨ててさっと身を翻しその場を立ち去った。

(副長…)
(あいつも江戸の女だな…気の強さは一人前か)
(彼女も、いつまでも子供ではないということでしょう)

山崎の言葉に苦笑をもらし、さっきまで千鶴が見ていた簪を手に取った。
金銭のやり取りと共に、小さく折りたたまれた紙も受け取ってから土方は立ち上がった。







土方から離れ、と言っても見知らぬ町ではぐれる訳にもいかないので、さほど遠くまでは離れていないのだが、少し距離を取って千鶴は自己嫌悪に陥っていた。


自分はなんと可愛くない事をしてしまったのか。
今頃土方も山崎も呆れているに違いない。
思えば思うほど、己の幼さが身に沁みた。
いつもガキだなんだと言われているのだから、その時と同じように流せばよかったのに、ただ一つ、いつもとは違う女の姿でああ言われたことがどうにも千鶴には辛抱ならなかった。


馬鹿な娘だと自分で思う。
女の着物を着ただけで、あの人に釣り合うと思ったのか。


どんどん気が滅入っていく千鶴の耳へ「みぶろ」という言葉が届いたのはそんな時だった。
ずいぶん訛りのきつい男の声だったが、恐らくは新選組の蔑称である「壬生浪(狼)」と言ったのだと判断し、千鶴は顔を上げないままに声のした方へと視線をやり、一本筋を入った茶屋へ入ろうとしている男達の姿を確認して土方を呼んだ。

「旦那様」
「どうした」
「すこし、休みませんか?(そこの茶屋へ入った男の人達が「壬生浪」の話をしていました)」
「(よくやった)しょうがねぇな。そこの茶屋でいいか?」







噂には聞いたことがあったが、実際にそういう茶屋へ足を踏み入れたのは、千鶴も初めてのことだった。
都合のいい事に、怪しい男達の隣の部屋に通されたが、そこには噂に違わぬモノがあった。

「はぁ、本当にお布団があるんですねぇ」
「宿で休めなかったんだ、ちょっと寝るか?」
「……いえ、いいです」

どうにも、他人がそういうコトをした布団に横になるのは気が引けた。
勿論、宿の布団とてその可能性がないわけではないが、それでも致す為にある布団と、休む為の布団は一線を画しているように千鶴は思えた。


こういう処へ来て酒も頼まないのはさすがにおかしいということで、酒と肴を届けてもらい土方へ酌をする。

「さすが名水が湧く伏見だな。うまい」
「美味しいからと、お酒が進みすぎても困りますが…」

何せ、本人は否定するが土方はあまり強くない。
一度手痛い目に合ってから、土方が酒を飲むときはあまり近寄らないようにしていたというのにこの展開である。
こうなっては、千鶴が彼の手綱を握るしかない。
もっとも、幸いな事に彼の中で「仕事でここにいる」ということが忘れられていないのでその心配もさしてしていないが。

「分かってるよ。……俺が飲みすぎて困るなら、お前も飲め」
「どうしてそうなるんです?」
「俺ひとりにこの酒片付けろってか?」

それも危険だ、と千鶴は思った。
しかし土方に輪をかけて酒に免疫のない自分である。
というよりも、酒を美味いと思ったことすらない。
しかし背に腹はかえられぬ。
土方が酔うより自分が酔ったほうがまだ可愛いだろし、責任を持って土方が宿まで連れて帰ってくれるだろう。

意を決して、杯の中の酒で唇を濡らす。

「……本当に美味しいですね」
「だろう」
「お料理用に買って帰りたいです」
「却下だ。そんなもんあいつ等に飲まれて終わりだ」
「……それもそうですね」

過去に何度、お勝手から酒が消えたことか。
もう下手にいい酒は買うまいとその度に思うが、そうは言っても不味い酒で料理を作るのも気がひけるのだが。



下戸二人で少しずつ、舐めるようにしながら美味い酒を飲み、隣の部屋に聞き耳を立てるが思う様に聞こえてこない。

「聞こえねぇな…」
「そうですね」

肝心の男達の話は聞こえてこない。
というより、反対隣の部屋から聞こえる艶っぽい声が邪魔をする。
人間どうしても低音より高音の方が耳に入ってくるものである。
そして何より、気まずい。


特に千鶴はすぐ傍にいる土方に思いを寄せている上に、そういう事の知識はおぼろげとしかない生娘で、どんな顔をすればいいのかもわからない。
ちら、と横目に土方を見ればいつもどおりの涼やかな表情で隣に聞き耳をたてているように見えた。



一方の土方も心中穏やかではない。
腹の内をそのまま顔に出すような真似はしないし、そんなに若くもない。
とはいえ、暫く多忙で女も久しく触れていないところへこの女の声。
傍にはいつもと違う、女の格好の千鶴。
これが平素の男装姿であったならまた違ったのだろうが、自分たちの都合で本来のあるべき姿である。


こんなガキと夫婦のフリができるのか、この策が採用された始めはそう思ったものだが、いざ着替えさせるとしっくりとくる。



それもそうである。
出会った頃「嫁にいってもおかしくない」年齢だった千鶴も、今となっては「嫁にいってないとおかしい」歳にまでなってしまった。
勿論、そんな歳まで新選組に縛り付けることになるとは当時は思わなかったのだが…



ちら、と横目で千鶴の様子を伺えば、酒のせいなのか、はたまたこの状況のせいなのか。
頬を染め、目元もどこかとろりとして稚いながらも女の色香を感じさせた。



(まずい…)



そう思ったのは千鶴だったのか、土方だったのか…
なんとか現状を打破しなければならない、そうは思うが如何ともし難いのもまた現状。
隣に「声を控えろ」とも言えないし、男達に密談をもっと大きな声でしろとも言えない。
だからこそ男達も、茶屋を密談の場所に選んでいるのであろう。



手の中で玩んでいた杯の中身をぐいっと飲み干し、千鶴はふらりと立ち上がった。



「おい、お前結構酔ってねぇか…」



そのどこかふわふわとした足取りに土方が声をかけるが、千鶴は「少し手水へ…」と言って部屋を出てしまった。



しかしその千鶴の行動に救われたのは土方も同じで、千鶴が部屋を出てひとつ、息をついた。
確かに、もう子どもではない。
かといって、もう娘でもない。
千鶴が娘時分を通過させず、女といわれる歳にまでなっていたことに土方もようやく気がついた。


と、千鶴が出て行ったのと入れ違いに、男達の部屋がざわつき始める。
どうにも丁度あちらで厠に行っていた男が、あの色香を纏った千鶴を見たらしい。
「隣の女は若いがなかなかいい女だ」との声が僅か、漏れ聞こえてきた。



『あげんよかおごじょ、国にはそうおらん』
『おはん、そんおごじょば惚れたか』
『そげんこつなか!』



これまで声を潜めていたのが嘘のように大きな声で笑っているのが聞こえる。



―おいおい、マジかよ…


千鶴は風間と言い島原潜入時と言い、どうもよからぬ男どもに好かれる性質らしい。
千鶴自身は嬉しくはないだろうが。
これは厠まで千鶴を回収に行くべきか、土方が思案しているうちにふらりと千鶴が戻って来た。

(千鶴、無事か)

声を潜める土方に、怪訝そうにしながらも同じく声を潜めて応える。

(どうかなさったんですか?)
(隣の連中がお前を見てなんか色めき立ってんだよ)
(……ああ、あの手水のところですれ違った…)
(多分それだな)
(ふふっそれにしても、色めき立つだなんて…土方さんもそんな冗談言えるんですね)
(冗談じゃねぇよ!お前も聞いてりゃわかるよ)

土方の言葉ににこにこと笑う姿は、確かに可愛げのある女である。
それをいなして二人で再び隣の会話に聞き耳を立てれば、話題は千鶴が部屋へ戻ったことに移っていた。
やれ、一目見たいだの、静かにしていれば色っぽい声が聞こえるんじゃないかと、どうも向こうもこちらへ聞き耳を立てているらしい。

(どう、しましょう?)
(どうもこうもねぇだろ)

冗談と思ってころころと笑っていたのと打って変わって、思わぬ展開におろおろしている姿はいつもの千鶴だと、何故か土方はホッとした。
ホッとしたところで、この思わぬ流れに解決の糸口が見つかるわけではないが。

(こうなりゃ、向こうももう密談も仕舞いだな)
(話も逸れてますしね…)

諦めの嘆息を吐きながら、土方がごろりと横になれば、千鶴が立ち上がって床を延べる。

(横になるんでしたら、お床へどうぞ)
(隣も期待してるみたいだしなァ)
(……それはお一人でお願いします)
(隣が期待してんのは俺じゃなくておめぇだろ…)

身形はすっかり女なのに、どこか中身は幼いままの千鶴をからかってやろうと思ったのは、土方に魔がさしたのか。
それとも、結局飲みすぎた美味い酒のせいか。

(声くらい聞かせてやるか?)
(そんなはしたないこと…それに、そんなお芝居はできません)
(芝居じゃなけりゃできるだろ)
(え?)

千鶴が延べた床へ、千鶴を腕に抱いてごろりと横たわれば、酒に潤んだ瞳で見上げられる。
拒否されればこれこそ冗談だと流せたものを、これではそれもできない。
そんなつもりはこれっぽっちもなかったというのに、酒気を帯びた熱い息を吐く千鶴の唇に、土方は吸い寄せられるように重ねた。







拙い事をしてしまった。
お互い酒が入っていたとはいえ、責任は男であり年長である土方が問われることになる。
しかもその酒も土方が飲ませた以上、逃れようもない。


下帯ひとつしか身に着けていない土方の隣には、つい先ほどまで情を交わした千鶴が肌も露わに横たわっている。


―まずい…


近藤の勧める千鶴との所帯の話が、シャレにならなくなってしまった。
いや、千鶴自身は良いのだ。
女としても可愛いし、男所帯の屯所で細やかな気遣いが見せれる千鶴は、女房としてもその才を発揮するだろう。


問題は土方自身にある。
土方にとって第一は新選組であり、近藤である。
いつ命を落とすとも知れない身の上であるし、そもそも女房や子どもを持たずともよい気安い冷や飯食いの身である。
かつては琴という許婚もいたが、上洛し、その縁談も断ってしまった。
だというのに、こんな男も知らない生娘の地女に手をつけるとは…

「姉貴にばれたら殺されかねねぇな…」

昔も地女に手をつけて雷を落とされたが、今回は更に分が悪い。
となると、やはり腹を括るしかないか……


ぐるぐると考えている土方に、いつの間に起きたのか、目を覚ました千鶴が体を隠しながら声をかけた。

「土方さん…」
「千鶴、っあ~…体の具合は大丈夫か?」
「はい……あの、お気になさらないでください」
「あ?」

一言告げて、土方に背を向けて、脱ぎ散らかされた襦袢へと手を伸ばす。
その白い背中に触れたい欲求を押し込めて、土方は千鶴へと真意を問う。

「どういう意味だ」
「そのままです。あなたが所帯を持つつもりもないことは分かっていますし、このまま父が見つからなければ、いつまでも新選組のお世話にはなれません」
「……」
「良くてどなたか新選組の縁の方へ嫁がされるか、苦界へ身を落とすしかないと、いつも思っていました」
「千鶴」
「誰とも知れぬ方でなく、あなたで良かったと思っています」
「やめろ」
「あなた様にはご迷惑な話でしょうが、どうぞご了見ください」

いつも笑顔で過ごす千鶴が、ここまで考えていたとは土方には思いもしないことだった。
襦袢を羽織った薄い肩を掴んで振り向かせる。
そこにあったのは、涙で潤みながらも、意志の強さを感じさせる瞳。

「ンな、泣きそうな顔で、ガキがわかった風な口きくんじゃねぇよ」
「私がもう子どもではないことは、あなたが一番ご存知でしょう?」

そうだ、もう子どもではない。
他ならぬ土方が、そうしたのだから。

「そうだ、ガキじゃねぇ。ガキじゃねぇから、てめぇの道はてめぇで選べ」
「はい」
「そうだな、選択肢は今お前が言ったものと…」
「はい」
「千鶴、…俺を、待てるか?」
「どういう、意味でしょう?」
「俺ァ、不器用な男でよ。今は近藤さんを大名にすることしか考えられねぇが、いざ近藤さんが大名になっちまえば俺は御役御免だ」
「そんな…」
「いや、それでいい。…千鶴、それまで待てるか?」

馬鹿なことを言っている自覚はある。
それでも、この千鶴が他の男のものになるというのが、土方にはどうにも辛抱ならなかった。


いつになるかは分からない。
それまで千鶴は待っていてくれるのか。
……いや、きっと待っていてくれる。
この女なら。


「あなたが、待ってろと言ってくださるなら」


―ほらな。


誰に言うでもなく、我が意を得たりと言わんばかりの心地になる。
ぽろぽろと涙をこぼす千鶴の肩を抱き寄せれば、抵抗もなく体を預けてくる。
お互い下帯と襦袢しか身に着けていないのがなんとも滑稽だが、二人にとっては今のつかの間の逢瀬が全てであった。

「屯所に戻れば元通りだ、こうやって二人で逢うこともままならねぇ」
「はい」
「それでも、待ってくれるか?」
「はい」
「なら、約束の形に、これを貰っちゃくれねぇか」

そう言って、脱ぎ捨てた着物の袖から出してきたのは、見覚えのある簪。

「これ、山崎さんの…」
「ああ。おめぇ、気に入ってただろ」
「でも…」
「ちゃんとおめぇを女房に貰う時にゃ櫛をやるよ。それまではこれで我慢してくれ」
「我慢するだなんて……大切にしまっておきます」

簪を貰ったところで、平素男装している千鶴には宝の持ち腐れである。
それもあって、先は山崎に断ったのだが、こうして土方から贈られるとは思いもしなかった。

「本当は、今回の任務の駄賃にと思ったんだがな、こんなことになっちまった。…この勤めの間だけでも、差してくれ」
「はい…似合わなくても、笑わないでくださいね」
「笑わねぇよ」

否、笑えないのが実情か。先程は山崎の手前、照れも手伝ってあのような言い方をしたが、今の若妻姿の千鶴にはよく似合うだろう。

「無くすなよ」
「無くしません」

いそいそと仕舞おうとする千鶴から簪を取り上げ、髪に差してやる。
そうすれば、嬉しそうに千鶴が微笑んだ。

「落とすなよ」
「落としません」
「…ま、落としてもまた買ってやるよ。お前が俺の女でいてくれるならな」
「あら。じゃあ次は珊瑚玉のをお願いしますね」
「言うじゃねぇか」

珊瑚は高値で取引され、嫁入りの時の持参金代わりにも使われるものである。
それを軽口でねだる千鶴の唇を、冗談と分かっていながら土方がふさぐ。

「ん…」
「そんなもん、俺以外に強請るなよ」
「冗談って分かってるくせに…」
「おめぇは不逞浪士に妙にモテるからなぁ」
「土方さん程じゃありません」

つい、いつもの呼び方をしてしまう千鶴へ、土方が諌める様な声を出す。

「千鶴」
「あ…」
「おめぇは今、俺の女房だろ?」
「はい…お前様」

言い直せばご褒美とばかりに再び重ねられる唇。
それをしばし堪能し、土方は体を離した。

「続きは宿に戻ってからだな」

その土方の言葉を受けて、千鶴は土方の着物を手に取り彼の背後に回って広げれば、心得ているとばかりに袖を通して羽織った。

「あとは自分でやる。お前も着ろ」
「はい」

女の身支度に時間がかかるのは世の常で。
背を向けて着物を整え、今また鏡の前で土方と交わした情交のためにほつれた髪を、なんとか見れるものにしようと鏡の前で悪戦苦闘している。

「今朝結ったところなのに、だいぶ崩れちまったなぁ」
「仕方ありません。伏見へ来るまでにも、緩んでましたから」
「明日の朝にゃ、結い直しか?」
「…どうしましょう。私、先笄の結い方よく分かってないんです…」

男も女も髪が結えるようになって一人前なのだが、髪型は地域性があり、いま千鶴が結っている先笄は上方の新妻が結う髪型であった。
千鶴など江戸の娘が練習する既婚者の髪型は丸髷である上、千鶴自身花嫁修業をする前に京へ来てしまっている。
しかも結い方を教えてくれる母親もおらず、近所のお内儀さんたちに中途半端に教えてもらった状態で止まっている。
この日は近藤の妾が髪を結ってくれたが、よもやこのように髪が乱れることになるとは思わず、簡単に直す程度しか教えてもらっていない。

「俺が崩したんだ。明日になったら、髪結い呼んでやるよ」
「ですが、それでは…」

髪結いもままならぬ娘が昨夜はお楽しみで、と宣言しているようなものである。

「旦那が良いって言ってんだ。甘えとけ」
「……はい。じゃあお言葉に甘えて…」
「その代わり、明日の朝にゃその先笄は完全に崩れてると思えよ」

ぴしり、と千鶴が硬直したのを見てとって、にやりと笑みを浮かべる土方は悪い大人そのものである。

「こうやって逢えるのも滅多にねぇんだ。せいぜい堪能させてもらおうじゃねぇか」
「お仕事はちゃんとなさってくださいね?」
「誰に言ってやがる。……しかし、怪しい連中の密談の場所は見つけたとはいえ、ここじゃあな。聞こえやしねぇ」
「そうですね…」
「せっかくお前と乳繰り合っても、奴らを喜ばせるだけだしな」
「もう!恥ずかしかったんですからね」

肌を重ねている間、千鶴の頭からはすっかり隣室の男達のことは消えていたのだが、途中土方に言われて気づいた。
人の気配はするのに、話し声が聞こえなくなっていたことに。
またそれを土方が面白がって、千鶴を隣室の壁際に追いやって攻め立てるのだから千鶴にはたまったものではない。

「おかげで今夜のあいつらの行くところは岡場所に決まってるがな」

今頃、山崎辺りが追ってるだろ。と何気なく言う土方に、話の飲み込めない千鶴が不思議そうな顔をして「そうなんですか?」と尋ねた。

「おめぇは本当に、男に関しちゃねんねだな」
「身近な殿方は、父しかいなかったので…」

それもそうだろうが。
確かに土方の知る綱道という男が、娘の前で男の欲を曝け出すような真似はするとは思えなかった。
というより、そもそもあの男にそういった欲があるのかが疑問なのだが、娘がいるのだからあるのだろう。

娘。
そう、子である。
やることを致した以上、子が出来るのも自然の摂理。
そうなれば所帯を持つしかない。

「千鶴」
「はい。あ、お待たせしました」
「いやかまわねぇんだが…もし、ガキが出来たら言えよ。その時には予定繰り上げて所帯構えるからな」
「はい…」
「できるだけできねぇようにはヤルけどよ」
「しない、という選択肢はないんですね?」
「ねぇな」

いい年をした大の男としては恥ずかしい話だが、どうにもこの女の体の具合は土方に合うようで、触れれば触れるほど欲が高まっている気がする。
若い頃は数多の女と浮名を流したものだが、こんなところに落ち着くことになるとは、千鶴と出会った頃には思いもしなかった。
いや、一人の女に落ち着くと思いもしなかったというべきか。

「先はわかんねぇもんだな」
「そうですね」

千鶴とてそうである。
土方と出会った時にはこのような関係になるとは思わなかった。
それ以前に、父を探しに京へ来ることすらそうぞうもしなかった。
しかし、二人はなるべくして今の関係になり、そして現状のままでいることを選んだ。
変わったのは思いを通じあわせた事と、肌を合わせたこと。

「千鶴、俺の女になった以上、てめえの身も心も俺以外の男にゃ明け渡すなよ」
「お前様こそ、ほかの女に触れさせないでくださいませね」
「だったら、お前が満足させてくれ…」

幸い、この勤めが終わるまでは二人は夫婦として過ごすことができる。
想いを通じあわせたばかりの恋仲の二人には、願ってもない夜はまだこれからである。
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