きみよりほかにはしるものなき 花かげにゆきてこひを泣きぬ

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想いと生きる
以前あげました【さくら】の設定です。
土方さん没後の千鶴視点になります。





娘の結婚が決まり、行李の中から一つの包みを取り出す。
大切に包まれた中身は、黒い振袖。
函館の郊外によくまぁこんな上等な着物があったものだと、いただいた時には思ったけれど…


模様は松と鶴。
目出度いこと尽くしのこの着物に、袖を通したのは一度きり。
これをくれた人とは、もう五年も離れたまま。
この五年の間に、娘も年頃になり、ついに嫁すことになり、大事に仕舞い込んでいたこの振袖が再び日の目を見ることとなった。



「母様?何をしてらっしゃるの?」
「ああ、ちょうどいいところに。あなたのお式にと思って、虫干しをしようとしてたんですよ」
「黒振袖?」
「ええ。これは、父さまが私とあなたの為に買ってくださったのよ」
「これ、随分良い物に見えますけど…」
「そうなの。贅沢すぎると言ったのだけれど『良いものは長くもつから、娘が生まれたら嫁に行くときに着せりゃいい』とおっしゃって…」
「それで『母様と私』なのね」
「そう」



この黒振袖をいただいたのは、歳三さんと二人きりになった年のことだった。
歳三さんは、まだ深手から本復されたばかりで、無理はしないでくださいと言っているのに、所謂力仕事、男手のいる仕事をやりたがった。
そんな歳三さんが町に下りて、帰ってきたときに手に持っていた風呂敷の中から出てきたのがこの黒振袖だった。










「千鶴。略式ですまねぇが、よかったらこれを着て神社に詣でねぇか」
「歳三さん、これは?」
「俺の見立てで悪いが、見てみてくれ」


手渡された風呂敷を開き、出てきたものに驚く。


「これ、黒振袖ですか?」
「そうだ。めでてぇ柄だし、婚姻結ぶにはいいだろうと思って松と、お前の名前にちなんで鶴にしたんだが…千鶴にゃちと地味だったか?」
「そんなこと…私ももう薹が立ってますし、それにこれ、生地が…」
「ああ、正絹だ」
「こんな上等なもの、私には贅沢すぎます…」
「そう言ってくれるな。俺にゃァ、これくらいしかしてやれねぇ。それに良いものは長くもつから、この先娘が生まれたら嫁にやるときに着せりゃいい」
「そんな…」



一緒にいられるだけ、傍に居られるだけで十分幸せだというのに、この人は私をどれだけ喜ばせれば気が済むのだろうか。


「どうせこんなことになるなら、京に居た頃、さっさと腹ァ括ってお前が娘盛りのうちに貰ってりゃァ、白無垢でも色打掛でも着せてやれたんだがな」
「でも、それならきっと今頃、私は京に残されていたでしょうね」
「そう、だな」


他ならぬ、他の隊士達の縁の女達がそうだった。
子を儲けた人たちも居たというのに、彼らは彼女とこどもへお金だけを残して戦場へ出たのだ。


もし京に居た頃そうなっていれば、きっと二度と戻ってこないこの人を想って、余生を過ごすこととなっていただろう。
もしくは、武州の日野宿へ落とされたか…






実際には起こらなかったことを思って、少し塞いだ私の手から、歳三さんが黒振袖を取り上げる。
そして私自身も手を伸ばして呼ぶので腰を上げて近くへ寄れば、引き寄せられて歳三さんの胸へ凭れることとなってしまった。
そんな私の肩へと、広げられた黒振袖が掛けられる。


「おお、悪くねぇな」
「そうでしょうか」
「こんな落ち着いた柄が似合う歳まで、俺はお前に男の形させちまってたんだな…」
「あなたのお傍に居たくて、私がやっていたことですから」


そう、歳三さんは一度私を手放した。
それでも、追ってきたのは私。
追うと決めたのも、私自身。
この人が気に病むことなど何もないのに、かつての娘盛りだった私を惜しむように着物毎抱き寄せられ、こめかみへ口付けられる。



「もっと早くに手放してやれりゃよかったんだが、今さらお前を失うなんざ考えたくねぇ。こんな着物一枚で悪いが、俺に縛られてくれ」
「手放されるつもりもありません」
「そうか」


はしたないとは思いながら、ひしっと歳三さんに縋り付く。
いつまでこの温もりを感じられるかは分からないが、きっと幸せな日々を送れるだろう。











そう、あの時に感じたのは嘘ではなかった。
あれから十余年に渡り、歳三さんと共に生き、子どもにも恵まれた。
そして今娘が、父から母へ、母から娘へと渡された振袖を着て、嫁ごうとしている。


気づけば自分ももう不惑で、歳三さんと出会ってから随分と時が経ったものだと思う。
一度日野にやってから大人びたとはいえ、まだどこか子どもっぽいところのある息子も、そのうちに妻を迎えるだろう。
そうすれば家の事はその人がするようになる。
そうなればどうしようか。
時間に余裕ができる。
旅でもしようか、あの頃のように。


東京に行って、大鳥さんや榎本さんにもご挨拶したい。
しかし、今や明治政府の要人となられた方々に、そう簡単に会えるかしら。
京にも行って、島田さんにも会いたいのだけれど、四十を過ぎた体で京まで辿り着くかしら。




考えてみれば、あれもこれも。
東京にも京にも、懐かしい人達がいる。
歳三さんを知っている人はまだまだいる。
そこには歳三さんの思い出がある。
それを一つずつ集めておくる余生もいいかもしれない。








たば風に煽られながら箱館へ辿り着いた時には思いもしなかった、静かな満ち足りた生。



あなたがいなくなっても、あなたを失ったわけではなかったのだと、あなたに逢えなくなってから気づいた。


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