きみよりほかにはしるものなき 花かげにゆきてこひを泣きぬ

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さくら
なんか滾ってきて4時間かけて書きました、ひじちづです。
ED後の蝦夷夫婦ですが、主役は息子くん(姉あり)です。
さらに死ネタありです。
それでもよろしければどうぞ。






俺の家は人里離れたところにある。
それでも俺の家は、地元ではちょっと有名だ。
それはまず、両親の容姿が大変宜しいことからまず知名度が上がったんだけれど。



村の友達の言葉を借りれば


「お前の母ちゃん、可愛いよな!」


だし、


「誠君のお父様、すごくカッコいい!」


だそうだ。


確かに俺から見てもそう思うし、自慢の両親だ。
でも、その後に続く言葉。



「なんでこんな田舎に?」



それは俺も知りたかった。



小さなころ、寝物語に聞いた話によると、母は東京の出身らしいし、父も甲州街道の日野宿辺りの出身だと言っていた。
だがこれは家族だけの秘密で、特に父のことは他の人には言ってはいけない、と言われた。
それでも俺達姉弟には、父はよく自分が子供の頃どういうところで育ち、どうやって遊んでいたのか、教えてくれた。
時には母も一緒になって、みんなで川で魚を釣ったり。


しかしそんな人たちがどうして蝦夷に来たのかは、教えてもらえなかった。
姉にも聞いてみたけれど


「父様と母様が教えないのは、知らなくていいからよ」


と言われてしまった。
その後「教えるべきではない、のかもしれないけれどね」と言われたけど、その頃の俺にはよく分らなかった。



両親はとても睦まじく、幼心に「見ていられない」と思ったことが何度あったか。
特に父の母に対する猫可愛がりっぷりは異常なほどだった。
確かに母は年齢より若く見えるし(父も随分若く見えたが)、顔も可愛らしい人で、一回りも年の違う父から見れば、可愛いばかりだっただろう。



しかし、そんな母も怒れば怖かった。
そして怒られる度に誓うのだ「二度と怒らせないようにしよう」
とはいえ、子供、とくに男児ともなれば危ない遊びはするもので。
それで傷を作っては母に怒られ、父が「男なんだから傷の一つや二つ」と宥めてくれた。
その後で「母様を泣かせるなよ」と一言だけ叱られるのだ。
そう言う父様が、母様を泣かせたのだけど。











父は働き者でいつも畑仕事や薬草採り、雨の日は文机の前で書き物をしていた。
「なぜこんな田舎の農夫に?」と思うくらい文が届くこともあったが、父は返事を書くとすぐに火にくべていたので中を見たことはない。
とにかく忙しく立ち回る父を、毎日のように母が「少しは休んでください」と言っては、お茶を持っていっていた。
書き物をしている父の傍には行ってはいけない、という暗黙の了解が俺達姉弟にはあったので、その時父と母が何をしていたのか、どんな話をしていたのかは知らない。
ただ俺は、母や父の字を見本に手習いを姉と並んでさせられていた。



「歳三さん、お願いですから少しはお身体を労わってください」

そんな母の涙声を聞いたのは偶然だった。
眠っていた時に手水へ行きたくなり起きてしまった時だった。
そろりと覗くと、囲炉裏端で父が母を抱きしめていた。


いつも子供の前では「あなた」や「お父様」と父を呼ぶ母が、名前で呼んでいた。
そのことも衝撃だったが、泣きそうな母の姿とそれを胡坐の上に乗せ、抱いて宥めている父の姿が忘れられなかった。



そして疑問に思ったのだ。


何故、母はあんなに父の心配をしているのだろうか。


確かに働きすぎの父ではあったが、あんなに泣かれるほど無理をしているようには見えなかった。
その後、いつまでも布団に戻らない俺を姉が迎えに来て、まだ行ってなかった手水へと連れて行かれた。
そして姉に言われたのだ。



「誠。さっき見たことを母様に言ってはだめよ」
「どうして?」
「また泣かせたくないでしょ?」


それはその通りだったので、素直に頷いて返した。


「父様は?」
「父様なら、誠が見ていたことも分ってらっしゃるわよ」



そうなのかな?
子供の頃はそう思ったが、今思えばそうだったんだろう。
父は気配に敏感な人だった。
一緒に遊んだこともあったが、父の背後を取れたことはなかった。


そしてその夜夢を見た。
眠っていると枕元に父が来て、僕と姉の頭を撫でて「すまねぇな」と一言。
それだけの夢だった。
それが夢ではなく、父が何を詫びていたのか分ったのは、数年後だった。








その日は朝からおかしかった。
数日前から遊びに来ていた父と母の旧知の杉村さんに、起きてすぐに「小樽へ行くぞ!」と言われ、母が準備してくれていた荷を持って姉と二人で外に出された。
姉は何か言いたそうにしていたが、十やそこらの俺には分らず、ただ着いていくことに必死だった。
道中、宿で疲れて眠っていた時に、物音で目が覚めた。
そこには涙を堪えるように、鼻を啜りながら手酌でお酒を飲んでいる杉村さんがいたが、疲れていた僕はまたすぐに眠ってしまった。
すぐ隣で眠る姉が、布団の中で涙を零していたのにも気付かず。


小樽の杉村さんのお宅は大きくて、年の近いお子さんも居たし、初めての街も目新しくて楽しかったのを覚えている。
しかし、小樽について二日目の夜、それが一変した。
母から父が亡くなったと連絡が来たからだ。


また急に、小樽から函館へ杉村さんに連れられて戻った。
その道中に、ぽつり、ぽつりと杉村さんが父のことを話してくれた。


「お前らの親父さんはよぉ、そりゃぁ怒ったら怖い人だったんだぜ。俺はいつも生きた心地がしなかったな」
「そんな鬼みてェな人がよ、千鶴ちゃん…お前らのお袋さんと所帯持って、こうやって可愛い子供に囲まれて暮らしてるって聞いて、俺がどれだけ嬉しかったか…」
「でもな、親父さんはちょっと体に不具合があってよ。それでいよいよいけねぇって時に、俺に連絡を寄越したんだ」
「親の死に目に会えなくて辛いだろうが、お前らに死に様を見せたくなかった親父さんを、悪く思わないでくれよ」




そのことは父の勝手だと今なら言えるが、その時には何も考えられず、泣きだしそうな姉の手をひいて我が家へと向かった。
家に着くと、出迎えてくれたのは母一人で、ついに堰を切った様に姉が泣き出した。
慌てて駆け寄った母に、姉と二人で抱きしめられた。
その時、母の肩越しに見えた桜の花の中に、もういないはずの父を見た気がした。





舞い散る桜の花びらが映える、綺麗な青空の日だった。
















父が亡くなって五年。
母が一振りの打ち刀を持って来て、姉と俺に言ったのがつい先日のことだ。


「これはお父様の形見の刀です。これを、二人でお父様の故郷へ持っていってもらいたいの」
「なぜ、今さら?」
「お父様とそう、約束をしていたからよ。あなた達が、あなた達だけで旅できる年になったら、持って行ってもらおうって」
「母様は行かないの?」
「母様は、お父様と一緒に不義理をしてしまったから、とても顔なんて出せないわ」



それに、お父様が寂しがりますからね。


微笑む母に、狂気を感じたが、同時にその衰えぬ美しさにハッとさせられた。
この人の心と残された時間は、父が持って行ってしまったのだろう。



筵に包んだ刀と、生前父が書いていたという文。
それと母が書いた文と、杉村さんが送ってきていたという文の三通を持たされて、姉と二人で日野へ向かう。
若い頃行商していたという父も、こうやって歩いたんだろうか。





日野宿に着いて、母に言われた通り手拭で顔を隠しながら『佐藤彦五郎さん』のお宅へと向かう。
その人がどういう人かも知らずに。



「私が佐藤彦五郎だが…」


そう名乗ってくれた人は、どことなく父に似ている気がした。


「父が、数年前に亡くなりまして。形見を佐藤さんにお届けするようにと、母から言われて参りました」
「はて、お父上はどなたかな?」
「父は『土方歳三』と申します」


恥ずかしい話だが、その姉の言葉で初めて父の本当の名を知った。
里では『雪村』と名乗っていたので知らなかったのだ。
そして姉が被っていた手拭を取ったのに倣って、同じく被っていた手拭をはずした。
俺達の顔を見れば嘘ではないとわかるだろう、それくらい俺達姉弟は父に似ていた。


「歳三…歳三に子がいたのか…!」
「母より、父と母、それと杉村さんから文を預かっています」


そう言って、姉が差し出した文を受け取ると、急いで佐藤さんは俺達を家へ上げてくれた。


「すぐに湯と膳を用意させよう。文は読んでおくから、ゆっくりしていなさい」
「ありがとうございます」


用意していただいた風呂に入り、ご飯を頂いているうちに佐藤さんが部屋へ訪れてくださった。
その目は少し赤くなっていて、涙を流されたのだと分った。


「歳三と、君達の母上。杉村君の文は読ませてもらったよ。君達のことを言わなくて悪かったとみんな書いていてね、少し笑ってしまった」


そう言って笑う佐藤さんは、やっぱり父に目元が似ていると思った。


「あの、佐藤様は父とはどういったご関係なんですか?」
「知らなかったのか。歳三とは従兄弟でな、さらに私はあの子の姉を妻に貰ったから義兄弟でもあるよ」
「お内儀は…?」
「妻も数年前に亡くなってね」
「そうなんですね…」
「君達に会わせてあげれば、あれも喜んだんだろうが」
「きっとあちらで父と会ってらっしゃいますよ」
「そうだね。あれと歳三は仲が良い姉弟だったから、今頃歳三の世話を焼いているだろう」


そうして、ひとしきり父の昔話を話して下さった佐藤さんは、本当に嬉しそうだった。
土方歳三といえば、いまの政府に反抗した人だ。
まさか自分の父とは思わなかったが、その人の親戚ともなれば何かと苦労もされただろうし、人目をはばかることもあっただろう。
なのにこうやって自分達姉弟を受け入れ、父の話をしてくださる。
この大きな器で、幼い頃から父の事も見守ってくださっていたんだろう。



「さて、歳三達の文には、もし君達がこのままこちらに居ると言ったらよくしてやってほしい、とあったんだが…」


どうかね。もちろん、君達は大事な親類だから悪いようにはしない。そう言ってくださる佐藤さんのお言葉は嬉しい。
嬉しいが…


「帰ります。一人にしてしまった母が心配なので…」
「俺…私も帰ります」
「いいのかね?」
「母と…父が待っている気がするので」
「そうか…でも暫くは逗留して、君達の見た歳三を教えてくれないか」
「はい、それはもちろん」



お言葉に甘えて暫く逗留させていただいた。
出てきた頃はまだ蝦夷も冬だったが、もう春めいて来る頃だろう。
帰って畑を耕さないと、母様一人には任せられない。


そう、彦五郎伯父さんに言えば「そうか」と一言言って、俺達の帰る準備を整えてくださった。


「何かあれば、いつでも頼ってきなさい。これを母上に」


手渡された文と土産を持って、来た道を戻る。
来たときは丁度よかった気候も、歩けば汗ばむようになってしまった。
長く母様を待たせてしまった気がする。
もちろん暫く逗留することも、これから帰ることも前もって文を送っておいたが、どうだろうか。
母は、今もあの桜と待ってくれているだろうか。







長い旅を終えて、暫くぶりの里へと帰る。
顔を見れば、顔なじみの村人たちが声をかけてくれる。
おかえり。そして、お母さん寂しそうだったよ。と。
帰ってきてよかった、母をまた悲しませるところだった。
父を亡くしたあの人には、もう俺達とあの家しかないのだから。



姉と先を争うように家へ辿り着けば、桜の花びらが舞い散る中、母が一人で家の脇の、父が作ったという畑を耕していた。
父とここに住みだした頃は、畑仕事はできなかったという母が、慣れた手つきで。


「母様!戻りました!」


そう声をかければ、母は顔を上げ、俺達の顔を見るや蹲って泣き出してしまった。
慌てて姉と駆け付けて、母を宥める。


「もう…戻らないんじゃ、ないかとっ…」


そう泣きながら言う、母の背を小さい子にするように擦って宥めるが、なかなか泣き止みそうにない。
仕方なく母を抱き締めれば、縋るように抱きついてきた。
いつの間に、母はこんなに小さくなったのか。
いや、母が小さくなったのではなく、俺が大きくなったのだろうけど。


これでは父が亡くなった時と逆だな。


ふと、そんな思いがよぎった。
あの時母の肩越しに見た桜は、今では母を越して見える。
その時突風が吹きぬけた。

「きゃっ」

姉の小さな悲鳴が耳に入り、泣き止まない母の頭を抱え込み、土埃が入らないように目を閉じる。
ふわり、と何かに頭を撫でられた気がして薄目を開けた。



桜吹雪の向こう、桜の木の下に、父が無駄に綺麗な顔をして微笑んでいるのが見えた。


瞬きをすれば消えてしまった父に、笑いがこみあげてくる。
なんだ、結局あの人も、俺達が帰ってくるのか心配してたんじゃないか。


「はっはは…」
「誠も見えた?」
「見えた」
「あの人も、なんだかんだ子煩悩だったから…」
「ははっ。だったら、あんな事文に書くなよって」
「ふふっ言えてる」


突然笑い出した俺達に、母様も泣き止んできょとんとした目で俺達を見ている。
その目には少し、疲れが見えて…



現在が見えていなかったのは、俺だったのかもしれない。








きっとその内、姉は嫁に行き、母もいずれは父の処へ行くんだろう。
その後も、俺や俺の子孫がずっと守っていくんだろう。
俺達を見守ってくれる、父の想いが宿るこの桜を。





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