きみよりほかにはしるものなき 花かげにゆきてこひを泣きぬ

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先に上げました、おきちづの翌朝、千鶴サイドです。
おきちづとは名ばかりの沖田さんの存在感。
それでもよろしければどうぞ。

朝日が庭に差し込むのと同じに身体を起こす。
すぐ傍には夫と同じ顔をした、幼いわが子が眠っている。
起こさないように気を付けなから頭を撫でる。
そうしたら昨夜、同じように夫の頬を撫でたことを思い起こす。

―総司さんは、まだ眠っているかしら。

自分が眠ったあと、咳はどうだったのか。
吐血してしまってはいないか。
千鶴の心配は尽きることがない。
そもそも、わが子が起きる前に朝餉の支度をしてしまわなければいけない。
四つを数えるわが子は、気が付けば母の目を逃れて遊びに行ってしまう。
とはいえ、小さな村のこと、そんなに遠出することもないのだが。

身支度をして、勝手場に立つ。
少し前まで辛かったが、世間も春めき、肌で感じる空気も柔らかくなってからは幾分楽になってきた。
しかしまた、これから大変になってくるだろう。
宗太の時には夫が何かと手伝ってくれたが、今は無理のできない病状となってしまっている。

「こんなものかな」
自分と宗太のための朝餉と、夫の為のお粥を用意して、夫の寝室へと向かう。
本当なら千鶴は共に過ごしたかったのだが、宗太にうつるのを懸念した夫と、まだ一人寝には早い宗太の為に、終には寝所を分けることとなってしまった。

用意したお粥を置き、障子越しに声をかけた。
「おはようございます、総司さん。朝餉の用意ができましたよ」
返事がない。
優れた剣客であった夫は、体が病に蝕まれてもその才が衰えることはなく、時には千鶴が声をかける前に彼方からかけてくる事もあったというのに…
嫌な予感が千鶴の胸中をぞわりと撫でる。

「総司さん、まだ寝てらっしゃるんですか?開けますよ」

気忙しげに再び声をかける、。
開ける為に障子に添えた手が震えた気がした。
確かに、一度落ち着いたかに見えた夫の病は、先の冬からまた思わしくなかった。
それにしても。
昨夜は何時もより長く、話をすることもできたのに。

「総司さん、開けますからね」

今一度断り、手に力を込めた。
少しの力で難なく開く障子。
己の体越しに差し込む日差し。

その日差しに照されたのは、昨夜夫が寝ていた筈の布団と、昨夜夫が着ていた筈の寝巻き。
寝巻きの中には、何故か白い灰が撒かれていた。

「総司さん?」
これはなんの冗談だろう。
膝から力が抜け、がくりとその場に座り込む。
確かに夫は出会った頃から悪戯が好きな人だったが、いくらなんでもこれは度が過ぎている。
「悪戯が過ぎますよ。どちらにいらっしゃるんです?」
茫然としながらも、咎める口調で言葉がこぼれる。
ひょっとしたら、今朝は調子が良くて散歩に出たのかもしれない。
だとすれば、いつもの野原に居るだろう。


何かあれば、あの人が行くのは
何時も其処だった。
二人きりの時も、宗太が生まれた後も。
何かあれば其処へ行った。
花をつみ、時には千鶴が拵えた弁当を広げ。
穏やかな時間を、其処で過ごし、重ねてきた。

其処へ行けば、きっと夫はいるはず。
その想いに突き動かされ、千鶴は立ち上がり駆け出した。
足が床に置いた、粥を乗せた盆に当たり、がちゃりと音を立てたが、脇目もふらず走った。
あの頃のように、袴であったならどれだけ速く、夫のもとへ駆けれただろうか。

「総司さん!どこですか!?」
通い慣れた野原で呼び掛ける。
「総司さん!?」
一声一声、呼ぶ度に絶望が迫ってくる。

本当はわかっているのだ。
夫はもういない。
先刻見たものが、全てなのだと。
そう思ったとき、千鶴は再び座りこんだ。

―ああ、あの人の菩提を弔わなければ。
宗太にも、父様はもういらっしゃらないのだと伝えなくては。
その前に、あの子に朝餉を。

頭ではつらつらと、しなくてはならないことが思い浮かぶ。
しかし体は動かず、視線はただ、己の影一点を見つめる。
その影に、夫の影が重なった気がした。

『千鶴』

呼ばれた、気がした。
頭で分かっていても、つい期待して振り返ってしまう。


しかし、やはり夫は居なかった。
「宗太…」
「母様。父様はいっちゃったの?」
「宗太…ええ、そうですよ。お友達の所へ行ってしまわれたの」
「そう…」

そう聞くと、宗太は何かを考えるように俯いてしまった。
「宗太?どうしたの?」
「あのね。父様がいなくなったら母様に言うようにいわれたの」
わが子の言葉に息を飲む。
あの人は、前以て準備していたのか。
「父様は、なんて…?」
「えっとね…『ごめんね』あと、『ありがとう』」

「………そう。…父様は面倒くさがりね。それくらい、直接言ってくれればよかったのに」
暫し、言葉に詰まったが、何とかそう返す。
傍へ寄ってきた宗太が、千鶴の手をとり、顔を覗きこむようにして口を開いた。
「『だって、そうしたら泣いちゃうでしょ?』」
「宗太?」
「父様からはここまで」

―いやなひと。
そこまて私の行動を読んでたのね。

くすりと、笑みがこぼれた。
泣いている暇などない。
しなくてはならない事がたくさんある。
宗太からは目が離せないし、秋になればお腹の子が生まれる。
その時のために、宗太には産婆さんの家までの道を覚えてもらわなくては。

『千鶴は僕 の事を思い出して泣く時間もなくなるよ』

―本当ですね、総司さん…

ただ夜だけは。
宗太が眠ったあとだけは、夫を思って涙するだろう。
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