きみよりほかにはしるものなき 花かげにゆきてこひを泣きぬ

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おきちづ
ED後のおきちづ話です。
名前だけ登場の倅が一人。
が、沖田死ネタです。
それでもよろしければどうぞ。










咳が止まらず、眠りにつくこともできない長い夜に、僕はまだ迷っている。
身体を起こすことも辛くなってしまった僕の視界の端で、黒い影が動いた気がした。

もうすでに、僕の未来はすぐそばで立ち止まっているのが解るけど。
千鶴のふるえる肩を思い出しては、自分に言い聞かせる。
まだだ、と。
まだ君を遺してはいけない。


忘れたい。
千鶴の瞳、涙、零れ出たためいき。
あんな顔をさせたくなかったのに。
忘れない。
互いに、気持ちを隠し、過ごす毎日を。
きっとふたりとも解ってる。
僕達に先はないって。
心だけで叫んでるよ。
伝えられない、もう一度だけ伝えたい、僕の想いを。


京にいた頃は、ちょっとは思ってたんだ。
このまま、ずっといられるんじゃないかって。
近藤さんと、千鶴と………まぁ、その他諸々と。
我ながら、青かったよね。
ちょっとくらいはさ、千鶴と手を取り合って歩きたかったんだよ。
甘味処巡りしながら、京風のきらびやかな小物屋なんか冷やかしたりして。
千鶴が可愛くおねだりできたら、買ってあげてもいいけど。



混濁し始める意識と、あの頃の想い出が、溶け合っていく。



千鶴と、僕と。
二人でいれば、どんな嵐がきても、どんな障害があっても越えられる気がしたんだ。
でもそれはやっぱり難しかったね。
叶うなら。
時間を越えて、あの頃に。





僕の咳が聞こえなくなった事に気付いたのか、千鶴がすっと障子をあけて顔を覗かせる。
僕が嫌がるから、咳きこんでる間に千鶴が部屋にくることも少なくなった。
「ちづる…」
ああ、掠れてひどい声だ。
声をかけたことで、千鶴がそっと枕元まで来て、湯冷ましを置いて手のひらで頬を撫でてくれる。
「そうた、は?」
「ちゃんと寝ました。次は総司さんの番ですよ」
「やだな…」
あの小憎らしい息子と同列だなんて。
「ずっと、お側にいますから」

そう言って、僕の痩せて筋肉も落ちた腕を擦ってくれるけど…
駄目だよ、千鶴。
僕達が同じ道を行くのはここまでだ。
きっと君は泣くんだろう。
千鶴の揺れる睫毛を思い出しては言い聞かせる。
「千鶴。いまだけが、せつないんだよ」
「総司さん?」
「じきに、宗太が腕白盛りになれば、千鶴は僕の事を思い出して泣く時間もなくなるよ」
「そんな、“思い出す”だなんて…」
そうだね。
“それ”は僕が居なくなること前提の話だ。
「聞いて、千鶴。女手ひとつで、男親なしで息子を育てるのは大変だと思う」
他ならぬ、僕自身がそうだったから。
最後には伝を頼って試衛館に預けられたしね。
だけど千鶴、お願いがあるんだ。
「宗太を、僕のようには育てないでほしい。僕のように、大切なものを守れない男にはしないで」
近藤さんを守れなかった。
そして今、千鶴を遺していこうとしている。
こんな男には育てないで。

「総司さんは、私をずっと守ってくださいました」
「そんなことないよ」
強いのは、僕じゃなくて、いつも千鶴だった。
「そんなことあるんです。私が言うんですから」
ね、と微笑みながら顔を覗きこんでくる千鶴に、安心させるように微笑みかける。
こんなときでも、君は僕の心を守ろうとしてくれるんだね。
「分かったよ。じゃあ、宗太には『父様のように強くなれ』って言っといて」
「ご自分で、本人に伝えてください。さぁ、もう休みましょう」
そう言って、少し寝乱れた布団を静かにかけ直してくれる。
その千鶴の手を握りしめ、最後の約束を口にした。
「ずっと見守ってるよ、千鶴」
もう二度と、触れることが出来なくなっても。
「君を傷つけるものは、僕が斬ってあげる。それが宗太でも容赦しないから」
「やめてください、宗太はそんなことしません。私と、総司さんの子ですから」
僕の子だから心配なんだけと…
でも…
「そうだね。僕が選んだお嫁さんが産んでくれた、僕の息子だもんね」
きっと千鶴を大事にしてくれるだろう。
僕がいなくなっても。


もう時間がなさそうだ。
影がゆらりと揺れた気がする。
「千鶴。もう眠れそうだから…千鶴も宗太の所に戻ってやって」
最期の姿を、千鶴に見せるつもりはない。
いや、ただ僕が泣いてる千鶴を見たくないだけなんだ。
「そうですか…?でも、総司さんが眠るまでは…」
「大丈夫だから。千鶴も休めるときに休んで」
顔、疲れてるよ。と指摘する。
ここまで言うと千鶴も渋々承知してくれた。
僕がいなくなったら、誰が君を休ませてくれるんだろう。
無理をして、僕を追いかけてくるような真似だけはしないで。
「では、休ませてもらいますね。何かあったら、すぐ声かけてくださいね」
「うん」
「お水…」
「いまあるので十分だから」
「そうですか?では…」
「おやすみ、千鶴」
「おやすみなさい、総司さん」

来たとき同様、静かに障子を開閉して、千鶴が出ていく。
その姿を、少しも見落とさないように見つめる。
姿が見えなくなったあとも、この忌々しい死病が宗太にうつらないようにと少し離れた部屋に誂えたふたりの寝所へ戻っていく気配を追う。
ごめんね、千鶴。



もう、千鶴も布団に入った頃だろう。
少し閉じていた目をあけ、影が動いた気がした方を、目だけを動かして見やる。
「お待たせしました」
近藤さん。

『もういいのか、総司。宗太君にも…』
「宗太は、千鶴に頼んであります」
『そうか…まさか雪村君が、総司と夫婦になるとはなぁ』
「色んな事がありましたね」

僕自身、まさか妻子を持つ日がくるなんて思ってもなかった。
そんなつもり、さらさらなかったし。
そんな僕を変えたのは千鶴だよ。
ただ、新選組の、近藤さんの剣として生きて終わるはずだった僕の生に、君と宗太がいてくれた。
短かったけど、なかなかの人生だったと思うよ。

『総司、幸せだったか?』
「そうですね。……死にたくなくなるくらいには」
とても幸せだった。
『さあ総司。目を瞑っていれば終わる…』
「はい…」

近藤さんに促されて、目を閉じる。
瞼の裏には、笑顔の千鶴とその腕に抱かれた宗太の姿が映る。

ああ、どうか。
僕の大切な家族が幸せでありますように。
来世なんてものがあるなら、もう一度千鶴と共に過ごしたい。




眠りに落ちるように、意識が暗い闇のなかに沈んでいく…なのに、体がふわりと軽くなった気がした。



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