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きみよりほかにはしるものなき 花かげにゆきてこひを泣きぬ

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江戸の女とはこういうもの
梅酒を飲みながら思ったんです。
そういえば雪村さんって、生まれは東北(お酒が強いイメージ)で、育ちは江戸(年がら年中お酒飲んでる人が大勢)だなって。
そうしたらこうなりました。
ギャグです。
ネタですからー。
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としぞう と かみさま
江戸時代の石田村、お大尽のおうちの小さな歳蔵くんと、お庭の祠に住む神様のちょっとふしぎなお話…

を目指して書きました。
歳蔵くんが小さいので、ごくごく簡単な漢字しか使っていません。
なので、とても読みにくいと思います…

 
特殊設定なので、一応オリジナルです。
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あとがきという名の解説


読んでいただいてありがとうございます。
あとがきという名の解説のお時間でございます。


祇園で火事があったのは本当です。
そこへ新選組、見廻組、別手組が出動したのも本当です。
で、新選組の人間が、祇園の綺麗なお姉ちゃん達の手を引いて「寄れい、寄れい」と周囲の人間に言いながら避難活動させていたのも本当のようです。
美女の手を引いてる副長を見たら、千鶴ちゃん凹むだろうな、という妄想からこのお話が発生しました。
で、書いてるうちになんだか「あら?なにか目覚めたわ」となりまして、恋の道行きの二人の「気づくきっかけ」となっていただいたのです。
祇園の火は静まっても、副長の心に点いた黒い炎は簡単には消えません(大人気ない大人だから)



文中に度々出てきました【お救い小屋】は、言ってしまえば震災の時に出てくる仮設住宅です。
江戸では、火事や地震のあとすぐに建設が始まります(もちろん、お寺なども受け入れてくれますが)
現代みたいに何日もかかりません。
そしてすぐに焼け出された人々の収容が始まり、炊き出しが出てきます(幕府の蔵から)
この時、大名屋敷からも我先にと蔵が開けられます(町人に人気が出るから)
この炊き出しも、難民の生活に合わせて変わっていきます。
最初は完全に炊き出しですが、ある程度復興して自分たちで賄いができるようになるころには、材料のまま支給されるようになります。
もちろん、その分調理等の幕府側の負担も減ります。
この時代の人たちは、特に江戸のような密集地帯の人たちは火事には慣れっこで、復興自体も早いんですが、それでも幕府にかかる財政負担は相当なものだったでしょう。
というのもあって、江戸っ子は将軍様が大好きなんですが、京はよく分かりませんww
でもこの街も江戸のように細かく地区毎の消防団が居たそうで、明治期には全国で最初の地域に根付いた学区制の学校ができたそうなんですが、その学校もまた地域地域の消防団の集会所の役割があったそうです。
今も残る京の景観は、こうやって守られてきたんですね。


あと、子ども達についてですが。
火事場泥棒ももちろん出ますが、同じように出るのが誘拐・迷子です。
もし迷子を見つけてしまったら?
その場合は町で責任を持って保護します。
ただ保護するだけでなく、人が集まる神社なんかには「奇縁氷人石」という石柱がおいてありまして、こちらの左側に「こういう子を預かってます」と貼り紙をします。
では右側は?というと「こういう子を探しています」と貼り紙をするんですね。
もちろんその中には、誘拐されてしまってずっと見つからない子もいたでしょう…
しかし、こうすることで保護した人間は右側を見て、保護した子の情報が貼り出されていないか。
子どもを見失った人は、左側を見て保護されていないかを探せるシステムになっています。
この当時、ご存知でしょうが、子どもはなかなか育ちません。
土方さんも、近藤さんも、ご兄弟を亡くしてますし、土方さんは娘さんも夭折されたようです。
なので、子どもは皆の宝なのです。
明治以降の西洋の教育で、昔の女性は家に雁字搦めで、と思われるかもしれませんが、江戸時代までは町人の娘が未婚のまま子どもを生んで祖父母が育てる、なんてことも普通にありました(雁字搦めなのは公家・武家の上流階級)
それくらい生存率も低く、大切にされる存在だったんでしょうね。
現代のニュースを見ると、昔の人は卒倒してしまうに違いありません。
皆さんのご先祖様は、そうやって血をつないできたわけです。
命は大切にね!(なに)


おぼこい女房を鰻屋へ連れていくノ巻 解説という名のあとがき
上野公園の不忍池。
そうです、西郷さんが愛犬ツンを連れ、その背後を左之さん所縁の彰義隊が狙い、魁先生所縁の藤堂家のお墓もある彼処です。


文中にありますように、彼処は鰻屋の激戦地でした。
不忍池の周りに沢山並んでいたそうです。
鰻屋の一階は、千鶴が考えたような、所謂食堂の形式ですね。
時代劇の小料理屋を想像してください。
問題は二階です。
個室等に区切られており、秘め事にはもってこいの仕様となっております。



というのも、現代と違って冷蔵庫がありませんので、注文が入るそのときまで、鰻は桶のなかでうねっております(今でも高いお店はそうでしょうが)
注文が入れば、職人がむんずと掴み、捌き、蒸し、焼き、タレ、焼き、タレ……と調理をするんですね。
ということで、とても時間がかかります。
現代なら「少々お時間いただきます…」と断りが入るところですが、もはや暗黙の了解。
一階の男連中(女性は人前での食事は良くないとされていたので、普通はこんなところにはいません)なら、気心の知れた友人と一局指しながら待つのも一興。
ではお二階さんは?




となると、決まってきます。

「越後屋、お主も悪よのう」「いえいえ、お代官様こそ…」「げっへっへ」

というのも一つの使用途ですが、一般的なのが今回の原田夫妻の使用法。

「スウスウハアハア、アレアレイイヨ、オマエサン」「アア、コチラモ気ヲヤリソウダ」スッカスッカ


なんて事が、鰻たちの生死が懸かった店ではされていたわけです。
上の例文は適当に書きましたが、春画にはだいたいこんなこと書いてあるので、間違いではないかと。
あ、スッカスッカは注挿の擬音です。
今書きながら思いました。
私、春画の書きいれの仕事向いてるんじゃないかなって。


あと、文中で「秘所をくじる」と書きました。
これは江戸ッ子が、と言いますか当時の人がそれこそ秘所をいじることを「くじる」と言っていたのであえて使わせていただきました。







そんなこんなで、今回は歩く18禁に励んでいただきました。
ネタとしては土方さんでもいいんですがね!
あの人江戸に居るときはそんな余裕ないだろうし…
関西は蒸しの行程がないので、ちと時間短いし…ということで、原田千鶴さんには壁の薄いラブホでの羞恥プレイを…
いや、本当に薄いんですよ。
下手したら、広めの部屋に仕切りだけ置いて、皆で横並びになって アチラもずいぶんよさそうだ… なんて事もザラ。
それが江戸!
西洋人が超ビビった風俗を持つ。
それが江戸!
西洋人に「まともな野菜は大根しかない」と言われた。
それが江戸!


せっかちで、ファストフード(鮨、蕎麦、天ぷら)をこよなく愛する江戸ッ子も、スローフードの楽しみ方を知っていたようです。
いや、寸暇を惜しんで励むあたりはせっかちなのか…?



ということで、皆さんも上野に行ったら「どれ鰻でも…」な~んつってな~
いまでも鰻屋さんはいっぱいあるみたいですね。






そういう私は、鰻は好きじゃないんですけどね。
あのぬめぬめとしたビジュアルが…生理的嫌悪感をだな……
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